To my dearest 〜大好きな君に〜
「ねぇ香穂さん。君に渡したいものがあるんだけど、手を出してくれる?」
「? こうかな・・・」
君と秘密の屋上で、日向ぼっこの昼休み。お椀型に揃えてちょこんと差し出した手の平は、柔らかそうでそのまま握り包んでしまたくなる。何をくれるのだろうかと、わくわくしながら輝かせている瞳に吸い寄せらてしまうんだ。
困ったように戸惑う君に、ふふっと笑みを零しつつ握った手を名残惜しげに離して。差し出された手の平に乗せたのは、赤いラッピングに金色のリボンを付けた小箱。
赤い包み紙は君の色、金色のリボンは輝く音色。中身は甘いものとくれば・・・ね? 君みたいでしょう?
可愛いねと嬉しそうに綻ぶ君の笑顔の方が、何倍も可愛いよ。
太陽のように眩しくて、そよ風のように心地良い・・・君が楽しいと僕も楽しいから。
君が僕の目の前で笑ってくれる事が、一番の幸せなんだ。
「はい香穂さん、僕からのバレンタインチョコレート
「へっ!? 加地くんから・・・」
「ここのチョコレートショップ、チョコのデザインがお洒落で美味しいんだよ。香穂さん、チョコレート好きでしょう? 大好きな君への想いを詰め込んだんだ。ねぇ香穂さん、固まっちゃってどうしたの?」
「だってバレンタインはね、女の子が大好きな男の子に、愛の言葉と一緒にチョコを渡す日なの。つまりね、私はもらうんじゃなくて、加地くんにチョコを渡す日なんだよ!」
「知ってるよ、僕だって君に大好きな気持ちを伝えたいんだ。心の中にあるハートは、君も僕も同じだよ。男の僕から女性の君に愛を贈っても、間違いじゃないよね。例えば恋人同士、お互いに贈りあうのも素敵だって思わない?」
きょとんと目を丸くする香穂さんを覗き込めば、はっと我に返ってたちまち真っ赤に染まりだした。手の中へ大切に持った小箱のように、赤いラッピングを纏いながら。だけどそれは照れた微笑みじゃなくて、拗ねた時の時のように頬をぷうっと膨らませながら僕を睨んでいる。
「・・・私も加地くんにチョコを用意していたのに、先越されちゃった。せっかく手作りしたのに・・・ずるいよ。チョコを渡すのはね、女の子にとっては凄く大切な事なの。大好きだよの気持ちと心を、私から真っ先に伝えたかった」
「香穂さん、もしかして怒ってるの? ごめん・・・」
「温めていた気持ちが、チョコと一緒にふんわり溶けちゃった・・・。飛び込むのには高めた恋のエネルギーが必要なのに、どう渡したらいいか分かんないよ。もうあげない、私が加地くんのチョコ食べちゃうもんね」
君に喜んで欲しいと思ったのに、まさか機嫌を損ねることになるなんて思っても見なかったんだ。手作りのチョコという言葉が僕の心をときめかせ鼓動を高鳴らせる。本当に僕は君の作ったチョコレートを食べられないの?
赤い風船になった君は、ぷいと顔を反らしてしまったけど。真摯に見つめて名前を呼びかけると、やがても組んだ手をじもじと弄り始めた。ちらりと肩越しに振り返り、はっと泣きそうに歪んだ大きな瞳が慌てて僕に飛びついてくる。
「私こそごめんね・・・違うの、まさか私の方がもらうなんて思っても見なかったから、びっくりしちゃったの」
「香穂さん・・・」
「今までは渡すドキドキしかしらなかったけど、大好きな人に愛の気持ちをもらうことが、こんなに嬉しいんだって初めて知ったから。加地くんからチョコもらった嬉しさで、ふわふわ飛んでいきそうなの。私ばかり喜んでいちゃ駄目だよね・・・」
私のも受け取ってくれる?とそう言って君が取り出したのは、背中に隠していた碧色の小箱。
受け取った手の平と感じる心が伝えてくれる・・・大切に心を込めた手作りなのだと。
「ありがとう、香穂さん。君からバレンタインチョコレートをもらえるなんて、夢みたいだ。やっぱり転校してきて良かった、大好きだと想いを伝えて良かった。君に出会えた事に感謝しているよ。こんなに素敵なバレンタインは初めてだ」
「私からもありがとう。もしかして中身のチョコは、加地くんの手作り?」
「お店で買ったものだから、味は保証済み。 じゃぁ、二人で一緒に開けようか」
お互いに微笑みを交わしながら交換したチョコレートの包みを解けば、どちらともなく生まれる甘さが心を溶かす。
うわ〜という喜びの声が胸を震わせれば、膝の上に乗せた赤い小箱に目を輝かす君がいる。赤とオレンジで太陽のキャラクターがデザインされた、絵本みたいなプレートチョコ。太陽は僕を照らす君だよ。
溢れてしまう愛しさを笑顔に乗せると、緊張する眼差しに見守られながら碧緑色の包み紙を解いた。中の四角い箱から現れたのは、ころんと丸いトリュフチョコが四粒。温かいチョコパウダーのマフラーを着て、僕の中を転がりそうな愛らしさは君そのものだね。
「すごく美味しそうだね、可愛くて香穂さんみたいだ。さっそく食べても良いかな。ねぇ香穂さん、チョコレートは何で溶けるか知ってる?」
「知ってるよ、熱で溶けるんでしょう。夏は暑くてすぐチョコがとけちゃうけど、冬は寒いから美味しく食べられるよね。甘いチョコの季節だなって思うの」
「熱・・・うん惜しい。合っているけど、正解には少し足りないかな。じゃぁ、僕たちのどこで溶けるか・・・と質問を変えようか」
「え・・・口の中じゃないの?」
きょとんと小首を傾げると、箱の中からお日様のイラストがプリントされたスクエアーチョコを摘み、ぱくりと頬張った。
落ちそうな頬を押さえながら満面の笑みを浮かべる君が、とても美味しそうだ。ほらね?と小さく口を開けて、中の赤い舌をちらりと覗かせる無邪気さに、僕はまた君に捕らわれるんだ。
え、答えを知りたい?
ふふっ、君はもう知っている筈だよ。あっ・・・ごめん、焦らしているんじゃないんだ。
僕を溶かす、その愛らしい唇が答え。冬の恋チョコレートは、僕たちの熱い想いが溶かすんだ。
心と口の中でキスをするように、好きの想いの分だけあっという間に蕩けるから。
じゃぁ試してみようか・・・さぁ口を開けて?
香穂さんが持った箱から一粒を摘み、桜色の唇へと運ぶと、同じように君も僕の口へ運んでくれる。
あ〜んと雛鳥の口を開ける君の舌にチョコを乗せると、互いの唇で蓋をして・・・。ほら、あっという間に溶けてゆくのが分かるかな?
僕たち二人しかいない、秘密の屋上に降り注ぐ陽射しを浴びても溶けないけれど、恋の熱はあっという間に溶かすんだ。触れ合う唇と、重なる心も一緒にね。
バレンタインとホワイトデーが一緒に来たみたいだと君は言うけれど、心配はいらないよ。
ちゃんと一ヶ月後にも、とっておきのお返しを考えてあるから、楽しみにしてててね。